アンドリュー・ワイエス 創造への道程@Bunkamura

ある写真家の方に奨められて観に行った。
 色が少ない静かな絵と思っていたけれど
深く深く心に刺さる画家。しかも深い深い風景に
豊かな色が隠されていたのだった。

 日本で大回顧展として巡回するそう。福島 名古屋

 今回は制作の過程を丁寧に追ってあり
同じモチーフが画材でこうも変化するものかと
驚くべき画力の作品を前にして驚くばかり。

 テンペラ画になると 嵐にように巻き起こっていた
風景や感情が全て静寂の世界に沈み込んだよう。

 「土地の肖像画家」という表現がとても似合う
アメリカの原風景「アメリカの良心」に感じ入る絵だった。

 細い繊細な線ひとつさえ丁寧に描き込む。
鹿のひげ一本、雑草の一本でさえも愛しむ。

 アメリカの原風景を描くアンドリュー・ワイエス(1917−)は、アメリカン・リアリズムの代表的画家です。テンペラの作品が一般的に知られていますが、水彩画家として出発したワイエスは素描や水彩も数多く制作しています。多くの場合、ワイエスは鉛筆やペンなどで素描を描き、そして次に水彩を描きます。さらにドライブラッシュ(水気をしぼった筆で描く水彩画の技法)でより詳細に描き、最後にテンペラに取りかかります。一方、テンペラに至らず水彩やドライブラッシュで終えた作品の中にも、注目すべきものが多数あります。これらの素描や水彩には、完成されたテンペラに比べ、画家の激しい感情のほとばしりや、対象に対する関心の有り様や意識の動きが直接反映されているのです。

素描))
非常に情緒的で非常に素早く予想もつかない素材だ。
鉛筆はフェンシングのようで時に射撃のようだ
水彩))
そのときに感じたことをそのまま素早く描く事ができる
気取ったりしてはいけない
ドライブッシュ))
対象について気持ちが深く浸透しているとき使う。
織物のような作業だ
水彩を幅広く薄塗りしてドライブッシュの層をおり合せていく
テンペラ))
顔料に蒸留水と卵黄を混ぜ合わせた絵具だ
これらの色の感じが好きだ
組み立てる。幾層も積み上げて大地のように出来上がるのだ
絨毯やタペストリーを織るようにゆっくり積み上げて編み合わせなければならない
アンドリューワイエス展(1995)より

展示は水彩・素描が中心となって
その準備制作を経て完成されたテンペラ約10点
総点数約150点によって構成。

生み出させる過程に焦点を当てた構成は
とてもテンペラ画への定着まので道程が興味深い。
私の中では、水彩画の中に感じる情熱的な筆致が
気に入った。

ブランディワイン美術館アンドリュー・ワイエス
メイン州やオルソン家の風景を撮影した映像、
ワイエス自身がインタビューに答える映像があった。

「生きていることで受ける刺激が 魂のエネルギーに」
刺激のスイッチが入ったら すぐ行動する。
「もうできないと言い訳できない歳になってしまったから」
と笑顔で応えるワイエス氏の微笑みには参った。
病弱だった少年時代を、描くことで肉体も精神も鍛えてきたのだろうか。
素晴らしき91歳。

 ワイエスというと精密技巧の人物画の印象があったが、
「粉挽き小屋」の 洪水の後に有棘鉄線に引っ掛かった雑草の繊細な筆致。

 勝手に想像した思いではあるが、生死を彷徨うほど大変な闘病時期を越え
生き長らえるという事は、まるでこの鉄線に辛うじて絡まり流されずに
止まった雑草のごとく 不運中の幸いではなかったか。
 大自然の中のささやかであるが偉大な風景の数々を
こうして永遠に留めてくれた作家に感謝する。

 ワイエスの絵は不況と共に来る という言葉があったが、
そうであれば、皆が今の状況から生き長らえる
有棘鉄線に絡まる雑草であらんことを。

最新作、赤信号で止まっているハーレー・ダビッドソンに乗る人物像
91歳 刺激のスイッチが入ったらすぐ行動する という言葉どおり
青信号になったら轟音と共に走り出すだろう。
最後に素敵なエピソードを聞いて とても嬉しい展覧会だった。
Andrew Wyeth