松井冬子について@成山画廊

 絹地で描かれている線や色彩は、実際の作品を目の前にしなくては
わからない繊細な強さ。画集でも再現できない美がある。

 今回は成山画廊と個人蔵の特別な作品ばかり
相変わらず見事なまでの白きカサブランカとあの香りに囲まれて。

 骸骨も内臓も幽霊も、大嫌いな私ですが、
それが逆に何か強い力で目を背けさせない磁力がある。
どのような美しい人間の皮膚や造詣があろうとも、その深部にある
骨や内臓は全てを形成しているものであって、それ自体もすでに
十分 身体を構成する重要な要素であると。

◆「夜盲症」
 一般的に幽霊画と揶揄されるが、その姿に憑依した怨念が
やはり人間本来の感情を知覚させる。
上村松園「焔」と よく比較されるが、こちらは鶏を握り潰すほどの力が込められて
更にこの作品が昇華されるのも、拝見したい。

◆「優しくされているという証拠をなるべく長時間にわたって要求する」
 蘭の幽霊 霊気が漂う神秘な印象を受けた。

◆「完全な幸福をもたらす普遍的万能薬」
 ウェディングドレスに一番似合う姿を描いたと。
これには余り共鳴を抱けない作品だが、繊細なレース文様と
精緻な頭部は美しいと思う。

◆「成灰の裂目」
 これは実際に見ることで印象が全く変わった作品。
肌の質感も、足元を覆う苔も、燃えるような花も、
ざっくりと切断された鼠も。
上野千鶴子教授が「レイプ」と指摘した作品。

◆「試作」
 案内状に使われている初期の作品。
 この時期に見出した成山明光氏は、その後彼女の描くために
あらゆるサポートを惜しまない。
これは菊の花 でも頭髪や羽毛のように怨念がマグマのように
頂に吹き溜まりがある印象を受けた。

◆「腑分図」
 耳は 過去体験の重要な要素であって、腑分けした図の中で
白く明確に描いている部分が美しい。

 下絵、鉛筆描きの印象を感じる。
やはり筆とは全く違うが、黒鉛が重なれば重なるほど深い闇へ
「浄相の持続」フォトグラヴェール
「切断された長期の実験」ジークレープリントで出ていた。

 私は彼女の生き方も画風も共鳴出来ない人間だが、
あらゆる感情も含めて全てを日本画に描く段階で
真っ暗闇の中から一筋の光が見えるように
浄化された線が生み出されるのかしら と思う。
 まるで蜘蛛の糸ように、生き延びるための本能が生み出す産物が織り成す
蜘蛛の巣が雨粒を受けた時に、どんなダイヤモンドよりも美しいように。

美術手帖 2008年 01月号 [雑誌]

美術手帖 2008年 01月号 [雑誌]

松井冬子 一 MATSUI FUYUKO I

松井冬子 一 MATSUI FUYUKO I

松井冬子 2―MATSUI FUYUKO (2)

松井冬子 2―MATSUI FUYUKO (2)

6月1日青山ブックセンターでサイン会があり画集を初めて入手した。

 なお今回のような画廊で至近距離で対峙する場合は
マナーを守るのが大人の礼儀であろうか。心無い観客がいると聞く。
メディアが再三にわたり再放送を実現し、彼女の世界をひとめみようと
来るのは、その贅沢な機会ゆえ素晴らしいと思う。

 人間が発するものが 作品を傷つけることもある。
それは言葉であり態度であり、その息づかいも作品にとっては大敵である。
 静謐で優美な空間には、その佇まいに敬意を表して、
迷惑にならぬように振舞うのが、美術鑑賞たるもの大前提ではないか。