ウルビーノのヴィーナス展@国立西洋美術館

 今年春の上野は特別であった。
薬師寺から日光・月光菩薩が初めての二人旅
イタリアから《ウルビーノのヴィーナス》が初めて来日
東洋の美、西洋の美 それぞれの美を堪能できる機会。

 この艶かしい深紅のポスターが街中に貼られた彼女の瞳に
惹きつけられた者はどれほどいるであろう。老若男女全てを魅了する。
絵の中の美と共に至福の時を共有したものは幸いである。
 

 彼女の瞳は全てを魅了する。
この展覧会では、古代、ルネサンス、そしてバロック初めに至るまでの、
ヴィーナスを主題とする展示。
 ヴィーナスの神話が、芸術家のインスピレーションを刺激したのか、
どのようにヴィーナスの図像が復活、発展したのかを、約70点の絵画、
彫刻、工芸品等。

 今回は時代の流れ、そして神話の主題を元に構成しており
空間にうまく配置している。
そして「ヴィーナス」その崇高なる神話の女神から現実の人間の女性を讃える姿へと
そしてさらにキリスト教の流れにも沿うように美徳の象徴に変わっていく。

 何も身にまとっていないのは、何もかもから純粋であり穢れなき姿。
衣もまとう女性(女神)が少しづつ美しき裸体を見せていく。
そして手は恥じらいを見せるように構えつつも 全てを魅せていく。
恥らいは「ポーズ」である。本当は全てを受容してくれる姿だから。

 古代ギリシャ神話、そして古代ローマ神話の神々は
なんとも人間らしい特性を備えた、己の感情を正直に発露して
正直に行動する。
そして神話を読む人間は、同じ内面を見てしまう。
 そしてキリスト教布教によって、邪教としてしばらく封印されていた神々。
それがルネサンス復興という時代と共に再び光が当てられて蘇った時代。
(女神ヴィーナスは、もとは古代ローマの女神。ラテン語名はウェヌス
その前身は ギリシア神話の女神アフロディテ

 ルネサンス期のイタリアでも フィレンツェヴェネツィアで異なるのが
面白いもの。
 ルネサンス期のフィレンツェでは、慎み深い表現が多く、
一方でヴェネツィアでは、絵を見る男性の視線を意識した、官能的な女神が登場する。
「愛」「美」の化身ゆえに、その計り知れない表現の対象として
正統派芸術では、ヌードは神話や女神の主題で描くならOKというルールがまた
面白いのであり、マネの「オランピア」が挑発的にその主題に疑義を唱えてから
神話から自由になったヌードが 芸術作品を拡げていき現代に繋がるのかも。

 裸の女性に対する世の中の鑑賞審美眼が変わりゆくのは面白い。
ヌード写真がセクハラだ女性蔑視だと言われることなく
ウルビーノのヴィーナス》は鑑賞すべき素晴らしい美術作品として登場する。

 彼女を「成熟した女性」と形容する人がいるが、私には
欧州の女性ならまだ若い十代から もしくは二十代前半の女性に思えるのだが。
成熟すると胸や腹部の張りが下方修正されていくはず。
みずみずしい肌とその陰影は ティツィアーノの卓越してフスマートの技法とはいえ、
素晴らしく生気を保つ。
 シーツの下の深紅の薔薇模様の細やかなこと。
そして画面半分を黒もしくは緑の布で覆い、その境界線がちょうどヴィーナスの蕾に
届くように計算し尽くした画面構成の憎らしさ!

 年齢ではいくつの女性に見えたのだろうか。
いやいや ヴィーナスだから年齢不詳、所在も身元も秘密のほうが美しい。
あの当時の食糧事情もあって少しお腹がふくらみ胴が長く
ルノアールの描く裸婦増でさえ「豊満すぎる」と揶揄される時代、
美人の定義は時代と共に変わるが、
 当時のある若き女性を描いた1枚が 当初「裸の女」と言われていたのが、
ウルビーノのヴィーナス》としてイタリア美術の至宝、そして
初めて神話でなく生身の女性を裸婦像として描いた記念すべき1枚として
後世の画家達に多くのインスピレーションを与え続けた1枚として
素晴らしきいのちの得たものである。
またこの1枚によって救われる多くの人がいるのも素晴らしい。

 今回は、イタリア美術史の池上英洋先生のお話を拝聴しながらの鑑賞であった。
館内ではあまり声を出してはいけないらしく、入り口前で総論、会場隅で各論の紹介。
世界のどの美術館でのギャラリーt−クがあり、大勢の子供達が地面に座って聞く風景がある。
そういう文化を受容できる日本になれば良いのに。

 日本人は展覧会好きだが、子供達が美術を鑑賞する機会が本当に少なすぎる。
国立西洋美術館をはじめ多くの美術館が努力しているが、本当に努力すべきは教育者側だという。
そういう時代になるように、ヴィーナスが人間とはこういうものよ と語ってくれるが良い。
情報量が少ない古きよき時代は、人間のすべき事を絵に描いて教えてくれた。

カラッチの描く美しきヴィーナスの背中 これこそ女性の美の真髄である。

支えるべき背骨、坐骨、腰 そして、見えないからこそ願う美しき前からの姿を想像しつつ。
そしてその 左下の小サチュロスのような悪ガキが 好きになってくれると良いのだが。

あなたにとって ヴィーナスとは。