建築の記憶@東京都庭園美術館

 建築をこの世に広く知らしめるために
「写真」という媒体が存在していた。
 その写真展を 東京都庭園美術館の各部屋にあわせて配置。

 数多くの人が推薦していたので、思い切って娘と行くことにした。
白金台から桜が咲く中を歩き、自然教育園は今回横目でみつつも
春の息吹が感じられる場。

 庭園美術館は庭が素晴らしいが、建築も好きで何度か通った場所である。

 その中にはいきなり明治初期の 熊本城の姿
これは何百年前とはいえ、城郭と民家の対比。確かに日本であったのだ。

 建築は西洋建築を真似して、日本の建築家がまねして日本の棟梁たちの
職人技によって、洋風日本建築になったら、和風西洋建築にもなる。
明治の洋館がそういう意味で模索している中の建築物は興味深い。

 一番すきなのは、
畠山氏が撮影した、伊東豊雄設計の せんだいメディアテーク 建設風景
モノが図案設計されるためには 構造計算などきちんと重ねて成果だが、
あの鉄パイプの作り手 気仙沼の鉄職人達の力とエピソードを聞いて
とても面白く感じた。職人技あってこそ 
そのプロセスを写真で残すという手法にも心引かれた。

 建築を目にするには その場所にしかなく、時間の経緯と共に
壊され崩されこの世には二度と存在しなくなってしまう。
そういう意味で記録性を持ち、その建築の醍醐味を伝える写真という媒体。
それに惹かれるのは、写真の中で永遠に存在し続ける という事実。
 建築家達がこぞって良き写真家と共に仕事をしたい と願うのももっともで
彼らの意図をくみ上げ、また意外な角度から撮影することで、建築家自身も
知りえなかった建築の魅力を伝えるという役割もまた素晴らしい。