ロートレック パリ 美しき時代を生きて@サントリー美術館

 世紀末のパリが、ロートレック作品を軸にして、写真から映像や歌声、様々なメディア媒体も登場して、作品を重層的に比較鑑賞モンマルトルの猥雑な喧騒を紹介されていて、110年前のパリを旅するような企画。
 今日は内覧日で学芸員にガイド頂き 鑑賞する機会となった。内覧会とはいえ、かなりの混雑。

 正面からガツンと一発「黒いボアの女」
 これは厚紙にテレビン油で薄く溶いた油絵具で描いたもので、今回が日本初出品となる油彩画だそう。
 そのデッサン力の確かさとその表情、眼光に集中して描いた情熱がロートレックの力量かと思う。大胆に省略される事でむしろ焦点が引き立つ構図。
 厚紙はカンバスと違い保存が難しいため、オルセー美術館から拝借するのも大変だったとか。サントリー美術館は海外の美術館から拝借するのに、貴重な作品をタフな交渉力か実現されていますね。貴重な作品が来日する背景を思うと感謝に尽きる。

 37歳の短い生涯の中で輝いた晩年10年を中心にポスター、リトグラフ、同時代のポスター作家との比較を含めて紹介されている。同じような若さでなくなった夭折の画家といえば、ラファエロゴッホ、ラトゥール 今日の解説は、安井裕雄氏(三菱一号館美術館開設準備室企画部門長)先日調布市の講演会を聞いた知人によれば同じ方だそう。
(実に私の年齢と同じ!実に太く情熱的に生きた人生)

 それから雑誌の表紙を描くようになるこの頃は、またロートレックという名前に遠慮してかサインは「トレクロ」と読める。
 あの斬新な構図と色彩で一世風靡したロートレック
ポスターには誰もが「ルーラン・ルージュといえば」「ロートレック
という程の影響力を与えたポスター作戦。街中に貼られた光景は見事だっただろう。

 ここからの展示はまさにムーラン・ルージュのスター達が写真とロートレックの作品とて比較でき、
歌声、写真であの時代にタイムスリップできる場所。

 ちなみに! 今展示会で一番ポストカードの売れ行きが好調なのは、スタンランの「黒猫」らしい(ロートレック展というのに)

万人受けするポスターはやはりスタンセンに軍配が上がるのは当然だが。

 イヴェット・ギルベールのポスター用原画は企画した学芸員 富田章氏が一番お気に入りだとか。
 今回三点の中で一番イヴェットらしいのは、ロートレック。長手袋の指の表情が、下を省略してすらりとして長身を活かしたことも。長手袋を比較するとわかる。スタンランやシュレは確かに誰もが美貌と認める姿に描いているが、トレードマークの長手袋の指先の表情は乏しい。指は顔ほどモノを言い という感じか。

顔の特長を最大限活かすのは 特性をデフォルメして描く似顔絵作家や新聞の風刺漫画家にも似ている。しかも、彼の最たるところは 万人受けする美女に化かすのでなく、スターの特長を徹底的に観察して時には誇張する描き方。
 でも彼女の本質を一番美しく描いたように思うのはアルバムの挿絵。私個人的には4面、7面のイヴェットが素敵。どれだけイヴェットをデッサンしたことか。
 
 挿絵といえば「伝説の姉妹」は、挿絵とタイポを重ねたり、文字行を弧を描くように配置したり、タイポグラフィの先駆けかもしれない。

 アリスティド=ブリュアンの雄姿は大変カッコいいが、その歌の内容たるや辛辣で、解説者の例えを借りると「綾小路きみまろの如き毒舌」であったとか。
 しかし本人も気に入ったこのポスター、左右対称の作品「アンバサドゥール」と「エストラド」が並べて展示されている。背景は深い青、それが一層ポスターの黒と赤を引き立てる。
 浮世絵の影響はどの研究者からも指摘されている事を実証するような展示。ブリュアンの表情に歌麿が描く歌舞伎役者の大見得をする大首絵。

 階下は商業宣伝用のポスター、自転車や小説の宣伝、しかもその一枚を描くために
死刑城で首吊りを30回以上観てきたとか。この頃のサインは象の形の中に。
「首吊り」

 中に入るとそこは真紅のカーテンを引いた「娼館」
画集「彼女たち」は、娼婦達の日常的なヒトコマを描いたもの。
今回は額装のため隙間なく繋げて、当時の画集を思わせるように配置したとか。
限定100部で販売したが思った以上に売れなかったため、それぞれ切り売りしたところ
今では希少価値も出て大変高価になってしまったとか。
 彼女たちの傍で過ごして信頼関係を得ていたからだろう。客には見せないような日常さえも露わにしていて、彼のまなざしは温かい。無防備な後姿こそ真実を表す。そんな一連の作品に思う。

 彼の筆致はいつも相手をじっくり観察し続けて、相手が思いもしないような表情されも描いてしまう。周りが貴婦人達の肖像画を薦めても、美人に描こうとしなかったのでご婦人方もイヤだったのかも。醜い内面さえも描かれそう...?
晩年の肖像画は落ち着いた背景に皆斜めや横を向いた肖像が多くなっている。入口正面で向かえたような鋭い眼光の女性を描いた、生気に満ちたロートレックはもういない。

 晩年、アルコール中毒と梅毒という二つの毒によって精神病院に隔離された後も、彼は自分は正常である事の証として絵を描き続ける。サーカスや競馬など、本当に彼は「馬」を描くのが上手い。

 再度の「鰐、メニューカード」ユーモラスな描き方がロートレックらしい。
 生涯乗り越える事が出来なかった偉大な父を馬、幼少の骨折により生涯自分を嘲笑しつつも愛した自分を犬の絵に例えているのも。
 モンマルトルの息吹と共に生き、観衆と共にスターを生み出し宣伝した世紀末パリの申し子、メディア戦略の寵児としてモンマルトル繁栄のサイクルに取り込まれて生きた生涯は太い生き方。

 本当に立役者は、忠実なる友人 グーピル商会の画商モーリス=ジョワイヤン氏である。ゴッホの弟テオが所蔵したこのグーピル商会。彼が最初フランス国に寄贈を打診した時、なんと強硬に幾と断られたとか。しかしその後、ロートレック伯爵つまりアンリの父より息子の作品の受遺人として委託されて美術館を造ることが出来、そして今ではフランス美術の宝となっている現在。
いつの世でも画家は世の中の常識より先にいきすぎている。
 知人の話では 松方コレクションの中にもロートレックが含まれていた とか。フランスに接収された後戦後返還されて出来た国立西洋美術館。それを調べている方が、今度は 三菱第一美術館設営に奔走されている。オルセー美術館との深いつながりを持つ方なのでこれから開館後 どんな展覧会を企画されるか楽しみである。

 今回はサントリー美術館天保山のポスターコレクション、オルセー美術館の油彩画、ブラジルサンパウロ美術館の「大開脚」、そして鹿島茂コレクションが花添えて 目にも耳にも世紀末パリを感じさせてくれた。

 印象派からこの世紀末、そして21世紀と美術家たちの交遊図はより複雑で面白い。ルノアールルノアールやオルセー美術展のように、美術家たちの交遊から切り取る展覧会があったら、また面白いだろう。

 今回はこの本がとても参考になった。

ロートレック:世紀末の闇を照らす (「知の再発見」双書)

ロートレック:世紀末の闇を照らす (「知の再発見」双書)

久しぶりにお会いできた知人からの教示と共に久しぶりの交流も大変有意義であった。